継承者のいない墓はどうなっていくのか?

墓じまい
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八事霊園で法要の撮影を始めて10年以上経ちますが、回を重ねるごとにお墓が撤去されている光景に胸が痛みます。
写真は、私が毎回撮影する足元にあるお墓ですが、2か所とも墓石が撤去され空き地になっています。
中央の雑草が生えている穴の部分が墓石下の納骨スペースです。
お墓を移設する際は、お性根抜き(おしょうぬき)といって、お寺にお経をあげてもらい、魂を抜く儀式を行いますが、墓石の解体撤去時など墓じまいする場合は、閉眼供養(へいがんくよう)ともいわれます。
お釈迦様が悟りを開かれたことを開眼(かいがん=ブッダ=悟りを開く)というので、対義語として閉眼が使われるようになったと思われます。
写真のお墓は、どなたのお墓か存じませんが、既にお性根抜きされ、閉眼供養も済まされていることと思いますが、ここに永遠の安らぎを願って納骨された事実は変わりません。
八事霊園は大正4年に開園されたとのこで、大正時代は1912年(大正元年)から1926年(大正14年)なので、ちょうど今から100年前に始まったことになります。
その昔、写真フィルムメーカーのコダックが100年持つ「100年プリント」を売りにCMを行っていましたが、写真の寿命より先に会社が倒産してしまいました。
大正時代に、庶民が自分の墓やカメラを持つことは、未来永劫に残る悲願の達成であったと思いますが、どんなに栄華を極めても、100年続くことの難しさを痛感し、撮影時には手を合わせています。

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