安楽寺だより第60号(第19回 王舎城の悲劇⑥)

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今回の安楽寺だよりは記念すべき「還暦第60号」です。

安楽寺だより第60号では、仏教の経典の中でも特にドラマチックな「王舎城(おうしゃじょう)の悲劇」の続きです。
まるでシェイクスピアの戯曲のような、愛憎渦巻く王室の物語なのですが、実はここには私たち現代人の心をも救う、深い慈悲の教えが隠されているのです。

息子の改心と「慚愧」の心

さて、物語はここで終わりません。母イダイケが解放された後、クーデターを起こした息子アジャセ王に転機が訪れます。

彼は、父王がかつて自分をどれほど深く愛し、大切に思っていたかという真実を知らされるのです。その瞬間、彼を襲ったのは激しい後悔でした。
「自分はなんと恐ろしいことをしてしまったのか」
彼は罪の重さに震え、地獄へ落ちる恐怖に怯え、体に重い病を発症してしまいます。

そんな彼を救ったのが、名医であり大臣でもあったシーヴァカ(耆婆)でした。シーヴァカは「王よ、お釈迦様にお会いなさいませ」と助言します。

お釈迦様のもとを訪れたアジャセ王に授けられたのは、「慚(ざん)」「愧(き)」という教えでした。

  • 「慚」とは、自らの良心に照らして恥じること。
  • 「愧」とは、他人や天に対して顔向けできないと恥じること。

ただ怯えるのではなく、自らの罪を直視し、深く恥じ入る心こそが、人間が更生するための第一歩だというのです。
この教えにより、アジャセ王の心は救われ、仏教の強力な守護者へと生まれ変わっていきました。

王舎城の悲劇

現代に通じる「三業の善」

親鸞聖人の主著『教行信証』では、この一連の物語を「三業(さんごう)の善」という言葉で総括しています。

  • 体(身)で行うこと。
  • 口で語ること。
  • 心で思うこと。

これら三つの行いを整えることの大切さを説いたものです。
王舎城の悲劇は、単なる歴史上の事件ではありません。過ちを犯し、悩み、苦しむ私たち人間に、「どんな状況からでも、人はやり直せる」「反省する心にこそ光が差す」ということを教えてくれているように感じます。

王舎城の悲劇

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様々な宗派から改宗を悩んでおられる方も多くいらっしゃるかと思いますが、ご先祖さまや故人の葬儀や永代供養墓を託される前に、お寺の住職様が日々何を大切に守り生きて来られたのか、是非ご一読いただけますと幸いです。

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