安楽寺だより第34号(二河白道のたとえ⑧)

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善導大師の「二河白道のたとえ」シリーズ第9回

前回は、絶体絶命の旅人が「ひとすじの白道」を見つけたところまでお話ししました。

今回は、その白道へ踏み出そうとする旅人の背中を力強く押してくれる「東の岸からの声」についてまとめました。


「ただ決意して、この道を行け」

火の河と水の河に挟まれた、わずか数寸の白い道。

「この道を行くしかない」と決意した旅人の耳に、出発点である東の岸から、突然大きな声が響きました。

「仁者(なんじ)、ただ決定(けつじょう)してこの道を尋ねて行け。必ず死の難(なん)なけん。もし住(とど)まらば、すなわち死せん」

(旅人よ、迷わず決意してこの道を行きなさい。そうすれば死ぬことはない。もしここに留まれば、間違いなく死んでしまうぞ)

「東の岸」の声の主とは?

この「東の岸」とは、私たちが現に生きている、迷いと苦悩に満ちた出口のない世界(此岸)を指します。

そこから聞こえてくる「人の勧むる声」とは、一体誰の声でしょうか。

それは、お釈迦様をはじめとする諸仏、親鸞聖人、そして私たちのご先祖様たちが残してくれた「み教えや呼び声」そのものです。

仏教用語でこれを「釈尊・諸仏の発遣(はっけん)」と申します。「発遣」とは、「ここから送り出す」という意味。

「この現世に留まっていてはいけない。お浄土へ向かう道を進みなさい」と、私たちの背中を押し、励ましてくださっているのです。

「必ず救われる」という保証

お釈迦様は、ただ闇雲に「行け」と言っているわけではありません。「行けば助かる」という確信があるからです。

その根拠は、『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』の下巻にある「本願成就文(ほんがんじょうじゅもん)」に示されています。

「諸有衆生聞其名号、信心歓喜、乃至一念至心回向、願生彼国、即得往生、住不退転」

(あらゆる衆生が、阿弥陀仏の名号を聞いて信じ喜び、わずか一念でも誠の心で浄土へ往きたいと願えば、直ちに往生することが定まり、不退転(後戻りしない位)に住することができる)

このお経の言葉は、阿弥陀様のご本願(救いの約束)が、必ず私たちのところまで届けられ、成就していることを表しています。

励ましを胸に、白道を生きる

私たちの人生は、時に孤独で、どちらへ進めばよいか分からなくなることがあります。

しかし、私たちは一人ではありません。

「大丈夫だ、この道を行けば間違いない」

お釈迦様や親鸞聖人、先人たちの温かい「み教えと呼び声」に励まされ、私たちは「白道を行く確かな思い」を持つことができます。

この声援を胸に、迷いの河を越え、お念仏の道を堂々と歩んでいくのです。

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