安楽寺だより第32号(二河白道のたとえ⑥)

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親鸞聖人が大切にされた善導大師の物語、「二河白道のたとえ」

シリーズ第6回となる今回は、旅人がいよいよ「八方塞がり」の状況に追い込まれる、緊迫したシーンです。

戻ることも、逃げることも、進むこともできない。

「出口なき自力の心」が直面する絶望についてまとめました。


「戻るも地獄、逸れるも地獄」

火の河(怒り)と水の河(欲望)に挟まれた、細い白道の前に立つ旅人。

あまりの恐ろしさに、旅人は他の道を探そうと試みます。しかし、現実は非情でした。

「まさしく到(かえ)り回らんと欲すれば、群賊・悪獣漸々に来り逼(せ)む」

(よし、来た道を引き返そう……と後ろを振り返ると、あの恐ろしい群賊や猛獣たちが、じりじりと迫ってくるのが見えた)

ならば、横へ逃げようとします。

「まさしく南北に避(さ)り走らんと欲すれば、悪獣・毒虫競ひ来りてわれに向かふ」

(では、南や北へ逃げよう……と横を見ると、そこからも別の野獣や毒虫が、競うように襲いかかってくる)

「進むも地獄」の恐怖

後ろも横もダメだ。ならば、覚悟を決めて西(お浄土)へ向かう「白道」を行くしかないのか?

しかし、足元の道を見れば、すぐにでも炎や激流に飲み込まれそうです。

「まさしく西に向かひて道を尋ねて去(ゆ)かんと欲すれば、またおそらくはこの水火の二河に堕(だ)せん」

(西へ向かうこの道を行こうとしても、やはりこの火と水の河に落ちて死んでしまうのではないか……)

「自力」の限界を知る時

この絶体絶命の状況は、何を意味しているのでしょうか?

それは、私たちが「自分の力(自力)でなんとか助かろう」ともがいている姿そのものです。

  • 引き返す(東): 過去の生活や執着に戻ろうとしても、そこには「死(無常)」が迫ってくる。
  • 逃げる(南北): 別の解決策や気晴らしを探しても、悩みや苦しみ(毒虫)からは逃げられない。
  • 進む(西): 仏道を歩もうとしても、「自分なんかにできるはずがない」という疑いや煩悩が邪魔をする。

「どうすればいいんだ!」

自分の知恵や工夫で生きようとすればするほど、完全に逃げ場がない(出口がない)ことに気づかされるのです。

残された選択肢は?

東西南北、すべての退路を断たれた旅人。

この人に、果たして救いの道はあるのでしょうか?

実は、この「自分にはもう、どうすることもできない」という深い絶望と自覚こそが、本当の救い(他力)に出会うための最後の鍵となります。

次回はいよいよ本題。この極限状態で、旅人が見出す「進むべき道」が明らかになります。

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