親鸞聖人が生涯を通じて深く尊敬し、その教えを仰いだ七人の高僧、「七高僧(しちこうそう)」。
その第五祖にあたるのが、中国の善導(ぜんどう)大師です。
今回は、親鸞聖人が主著『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の中で大切に引用された善導大師の有名な譬喩(ひゆ)、「二河白道(にがびゃくどう)のたとえ」への導入となるお話です。
なぜ私たちは悩み、苦しむのか。その根源を明らかにする物語のプロローグをまとめました。
人生の「順境」と「壁」
私たちは皆、父母の縁によってこの世に生を受け、それぞれの人生を歩み始めます。
物事が思い通りに進む幸せな時(順境)には、私たちは自分の生き方に疑問を持つことはあまりありません。
しかし、人生には必ず「壁」が立ちはだかります。
- 青年期の壁: 進学、就職、結婚など。社会に出る中で自分の無力さや迷いに直面する時。
- 壮年期以降の壁: 老い、病、そして死。
特に、避けては通れない「死」という現実は、人間にとって最も切実な問題であり、仏教ではこれを「後生の一大事(ごしょうのいちだいじ)」と呼びます。
苦境こそが「自分」を知る時
人生の壁にぶつかり、挫折や苦境に立たされた時、私たちはどう振る舞えばよいのでしょうか。
浄土真宗では、こうした時こそ「聴聞(ちょうもん:教えを聴くこと)」の時であると教えます。 壁の前で立ち尽くすことは、決して悪いことではありません。それは、「当たり前」に流されていた日常から立ち止まり、「自分自身はどう生きるのか?」「私とは何者なのか?」という本質的な問いを明らかにする絶好の機会(ご縁)となるからです。
魂の物語「二河白道のたとえ」
親鸞聖人が大切にされた善導大師の「二河白道のたとえ」は、単なる古いお話ではありません。
- なぜ人間は苦しむのか
- 悩みの根源には何があるのか
- そして、その苦悩を抱えたまま救われる道はあるのか
この譬喩は、絶望的な状況に置かれた一人の旅人の姿を通して、人間の偽らざる実存と、そこへ差し込む救いの光を描き出しています。
【予告】次号よりシリーズ開始
次回より数回にわたり、この「二河白道のたとえ」の物語を紐解いていきます。
荒野を旅する一人の孤独な旅人と、その前に立ちはだかる恐ろしい二つの河。そして細い白い道……。
現代を生きる私たちの心に深く響く、魂の物語にご期待ください。



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