古都・奈良や京都の仏像を見て回ると、お釈迦様の両脇に二人の僧侶が立っている姿をよく目にしませんか?
彼らはお釈迦様の教団における「右腕・左腕」とも言える存在。今回は、最強のパートナーであり親友でもあったこの二人が、どのようにお釈迦様と出会い、教団を支えていったのかをご紹介します。
「真理」を求めた二人の天才
物語の舞台は、当時の大国マガダの首都・王舎城(おうしゃじょう)。
ここに、将来を嘱望される二人の若き修行者、舎利弗と目連がいました。二人は幼馴染であり、互いの才能を認め合う親友同士。当時は有名なバラモン教の指導者・サンジャのもとで修行していましたが、彼らの優れた頭脳はすでに師の教えをすべて吸収し尽くしており、「本当に求めている心の安らぎは、ここにはない」という虚しさを抱えていました。
二人は約束を交わします。「もし、どちらかが真実の教え(甘露の法)を見つけたら、必ずもう一人に知らせよう」と。
向かって右側が「智慧(ちえ)」を象徴する舎利弗(しゃりほつ)、左側が「神通力(じんつうりき)」を象徴する目連(もくれん)です。

運命を変えた「縁起(えんぎ)」の教え
ある日のこと、舎利弗は街で托鉢をしている一人の僧侶に出会います。お釈迦様の弟子、アッサジです。そのあまりにも清らかで落ち着いた立ち居振る舞いに衝撃を受けた舎利弗は、思わず尋ねます。
「あなたの先生は、どのようなことを教えているのですか?」
アッサジは静かに、しかし核心を突く言葉を返しました。
「すべての物事には必ず原因があり、それを助ける条件(縁)があって成り立っている。人間の苦しみにもまた原因があり、その仕組みを知ることで、苦しみから救われるのだ」
これこそが、仏教の根本である「縁起の教え」です。
この言葉を聞いた瞬間、舎利弗の心にかかっていた霧が晴れ渡りました。「これこそが、私が探し求めていた真理だ!」と直感したのです。

教団を支える「秤(はかり)」として
舎利弗はすぐに親友の目連のもとへ走り、この感動を伝えました。鋭い感性を持つ目連もまた、その話を聞いただけで真理を悟ります。
こうして二人は、お釈迦様のもとへ弟子入りし、瞬く間に教団の中心的な存在となりました。
二人の役割は見事なまでに分担されていました。
- 「智慧第一」の舎利弗その名の通り、抜群の知性を持っていた彼は、お釈迦様の代理として教えを説くことができました。難解な教えを噛み砕き、他の弟子たちを正しく導く「教育係」のような存在でした。
- 「神通第一」の目連不思議な力(神通力)に優れていたとされる目連ですが、教団内での役割は非常に現実的でした。個性豊かな弟子たちが集まれば、当然揉め事も起きます。そんな時、トラブルを仲裁し、組織の規律を引き締める「統率係」としての手腕を発揮しました。
お釈迦様は、この二人を「比丘(びく:僧侶)たちが模範とすべき秤(はかり)」であると称賛しました。「迷ったときは、彼ら二人を見なさい。彼らこそが僧侶としての基準である」と太鼓判を押したのです。




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