「倶舎論(くしゃろん)」は、正式名称を『阿毘達磨倶舎論(あびだつまくしゃろん)』といいます。
日本の仏教、特に奈良時代の「南都六宗」の一つである「倶舎宗(くしゃしゅう)」の根本聖典であり、後の平安仏教(天台・真言)や鎌倉仏教の僧侶たちにとっても、仏教を学ぶための「必修科目」として扱われてきました。
「倶舎(コーシャ)」とは「蔵」を意味し、それまでの仏教研究(阿毘達磨/アビダルマ)のエッセンスを一つに収めたもの、という意味があります。
古代インドの僧侶・世親(せしん/ヴァスバンドゥ)によって、4世紀〜5世紀頃に書かれました。
倶舎論には何が書かれているのか?
倶舎論には、「この世のあらゆる現象を75種類に分類」し、「 なぜ人は生まれ変わり、なぜ苦しむのか?」そのメカニズムを論理的に解明し、説一切有部(せついっさいうぶ)の教義をまとめているています。
具体的には、当時のエリート仏教学派の教えを体系化したものですが、語っていること自体が、「人間が作り出した仮説に過ぎるのでは?」といった鋭く新たな視点が含まれています。
これが、後の「唯識(ゆいしき)」という大乗仏教の哲学「全ては心が作り出したもの」という考えへと繋がっていきます。
天台宗の総本山である比叡山で修行し、後に鎌倉新仏教を開いた主な開祖は、当時の天台教学を深く学び、そこから新しい教えを見出しました。
天台で鎌倉仏教の教祖たちは何年学んだのか?(敬称略)
- 法然(ほうねん): 比叡山で約30年天台を学び、浄土宗を開いた。
- 親鸞(しんらん): 比叡山で20年修学後、法然の下へ参じた。
- 栄西(えいさい): 12歳で比叡山に入り約15年修行後、宋から禅を伝えた。
- 道元(どうげん): 比叡山で4~5年修行後、宋に渡り曹洞宗を伝えた。
- 日蓮(にちれん): 比叡山で約10~11年修行後、日蓮宗を開いた。
- 良忍(りょうにん): 約12〜13年天台を修めた後に、融通念仏宗を開いた。
- 一遍(いっぺん): 約1年天台系の修行を経た念仏の僧。
基礎を極めた上で、
- 「学問だけでは救われない」と気づいた者(法然・親鸞)
- 「学問の矛盾(疑問)」にぶつかった者(道元)
- 「学問の結果、結論(法華経)を得た」者(日蓮)
というように、それぞれの結論を持って山を下り、新しい宗派を開いていきました。
俱舎論のまとめ
「唯識を理解するのに3年、倶舎論を理解するには8年かかる」ほど奥が深く重要であるという意味ですが、「ブッダの教えを、緻密な論理と心理学的な分析で体系化した、仏教哲学の最高峰の入門書」と言えます。
親鸞聖人が学んだ比叡山(天台宗)でも、奈良の興福寺(法相宗)でも、まずはこの『倶舎論』を徹底的に叩き込まれました。
私たちが現在使っている「無常」「因果」「煩悩」といった仏教用語の厳密な定義は、ほとんどこの倶舎論に基づいています。
非常に難解な書物ですが、ここを理解することで、その後に展開される大乗仏教(空の思想や、浄土教の人間観など)が、どのような土台の上に成り立っているかが明確に見えてきます。


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