安楽寺だより第46号(第5回 若き釈尊の修行)

安楽寺だより第46号 安楽寺News
この記事は約3分で読めます。

王宮を飛び出し、何も持たない「沙門(しゃもん:修行者)」となったシッダールタ(お釈迦様)

しかし、悟りへの道は決して一本道ではありませんでした。王様からの破格のオファー、師匠との出会いと別れ、そして死に直面するほどの苦行……。

今回は、お釈迦様が悟りを開く前、若き求道者として悩み、あがき続けた「6年間の修行時代」に焦点を当てます。


国王の誘惑:「国を半分やろう」

出家したシッダールタは、当時の大国マガダ国の首都、王舎城(ラージャグリハ)にあるバンダヴァ山の岩陰を住処としました。

粗末な衣をまとい、街へ降りて托鉢(たくはつ)をする日々。しかし、その姿には隠しきれない気品があふれていたようです。

ある日、高楼からその姿を見かけたマガダ国の王、ビンサーラ王は驚きます。

「あの只者ではないオーラ……もしや釈迦族の王子ではないか?」

王は家臣を遣わしてシッダールタを招き、こう持ちかけました。

「あなたは素晴らしい。私の国(マガダ国)の半分を差し上げましょう。どうです、一緒に国を治めませんか?」

一国の王からのありえない申し出。しかし、シッダールタの決意は揺らぎませんでした。

「王よ、私が求めているのは、国や財宝ではありません。老・病・死の苦しみを超える『真理』なのです」

シッダールタは丁重に断り、こう付け加えました。「もし私が真理を究めたら、必ず戻ってきて王にお教えすると約束しましょう」。この約束は、後に果たされることになります。

師匠たちとの出会いと限界

当時、マガダ国周辺には優れた思想家や修行者が集まっていました。

シッダールタは、名高い二人の仙人(修行指導者)に教えを請います。

  1. アーラーラ・カーラーマ仙
  2. ウッダカ・ラーマプッタ仙

シッダールタは彼らの指導のもと、心を統一する「禅定(ぜんじょう)」の修行に励みました。そして驚くべき才能で、すぐに師匠と同じ境地に達してしまいます。

しかし、シッダールタは満足しませんでした。「瞑想している間は心が静まるが、現実に一歩戻れば、また悩みが生まれる。これでは根本的な解決(解脱)ではない」と気づき、彼らの元を去りました。

「死の淵」を見る6年間の苦行

「誰かに習うのではなく、自分で道を見つけるしかない」

そう決意したシッダールタは、マガダ国のウルヴェーラ(セーナ村)という場所へ向かいます。

後にお釈迦様は、この場所をこう描写されています。

「そこは林が鬱蒼としており、ネーランジャー河(尼連禅河)の清流があふれている。悟りを得ようとする者が学ぶのに、誠に適切な所である」

(中阿含経)

美しい自然の中で、シッダールタが選んだのは「極端な苦行」でした。

肉体の欲求を極限まで絶てば、精神が純化されると信じられていたからです。

  • 食事を極限まで減らす(一粒の胡麻や米だけ)
  • 呼吸を止める修行
  • 巨樹の下や洞窟で、風雨にさらされながら座り続ける

こうして6年もの歳月が流れました。

かつての美しかった王子の体は骨と皮だけになり、眼窩は落ちくぼみ、腹の皮を触れば背骨に届くほど。何度も生死の境をさまよいました。

苦行の果てに気づいたこと

しかし、死ぬ寸前まで自分を追い込んでも、求めていた「悟り」「心の平安」は訪れませんでした。

肉体をいじめても、心はむしろ乱れ、弱っていくだけ。

「苦行は、答えではなかった」

この痛切な挫折と気づきこそが、後に仏教の大きな特徴である「中道(ちゅうどう:極端を避けるバランスの取れた道)」を発見するきっかけとなったのです。

ここから、物語はスジャータとの出会い、そして菩提樹の下での最終決戦へと続いていきます。

コメント