王宮を飛び出し、何も持たない「沙門(しゃもん:修行者)」となったシッダールタ(お釈迦様)。
しかし、悟りへの道は決して一本道ではありませんでした。王様からの破格のオファー、師匠との出会いと別れ、そして死に直面するほどの苦行……。
今回は、お釈迦様が悟りを開く前、若き求道者として悩み、あがき続けた「6年間の修行時代」に焦点を当てます。
国王の誘惑:「国を半分やろう」
出家したシッダールタは、当時の大国マガダ国の首都、王舎城(ラージャグリハ)にあるバンダヴァ山の岩陰を住処としました。
粗末な衣をまとい、街へ降りて托鉢(たくはつ)をする日々。しかし、その姿には隠しきれない気品があふれていたようです。
ある日、高楼からその姿を見かけたマガダ国の王、ビンサーラ王は驚きます。
「あの只者ではないオーラ……もしや釈迦族の王子ではないか?」
王は家臣を遣わしてシッダールタを招き、こう持ちかけました。
「あなたは素晴らしい。私の国(マガダ国)の半分を差し上げましょう。どうです、一緒に国を治めませんか?」
一国の王からのありえない申し出。しかし、シッダールタの決意は揺らぎませんでした。
「王よ、私が求めているのは、国や財宝ではありません。老・病・死の苦しみを超える『真理』なのです」
シッダールタは丁重に断り、こう付け加えました。「もし私が真理を究めたら、必ず戻ってきて王にお教えすると約束しましょう」。この約束は、後に果たされることになります。
師匠たちとの出会いと限界
当時、マガダ国周辺には優れた思想家や修行者が集まっていました。
シッダールタは、名高い二人の仙人(修行指導者)に教えを請います。
- アーラーラ・カーラーマ仙
- ウッダカ・ラーマプッタ仙
シッダールタは彼らの指導のもと、心を統一する「禅定(ぜんじょう)」の修行に励みました。そして驚くべき才能で、すぐに師匠と同じ境地に達してしまいます。
しかし、シッダールタは満足しませんでした。「瞑想している間は心が静まるが、現実に一歩戻れば、また悩みが生まれる。これでは根本的な解決(解脱)ではない」と気づき、彼らの元を去りました。
「死の淵」を見る6年間の苦行
「誰かに習うのではなく、自分で道を見つけるしかない」
そう決意したシッダールタは、マガダ国のウルヴェーラ(セーナ村)という場所へ向かいます。
後にお釈迦様は、この場所をこう描写されています。
「そこは林が鬱蒼としており、ネーランジャー河(尼連禅河)の清流があふれている。悟りを得ようとする者が学ぶのに、誠に適切な所である」
(中阿含経)
美しい自然の中で、シッダールタが選んだのは「極端な苦行」でした。
肉体の欲求を極限まで絶てば、精神が純化されると信じられていたからです。
- 食事を極限まで減らす(一粒の胡麻や米だけ)
- 呼吸を止める修行
- 巨樹の下や洞窟で、風雨にさらされながら座り続ける
こうして6年もの歳月が流れました。
かつての美しかった王子の体は骨と皮だけになり、眼窩は落ちくぼみ、腹の皮を触れば背骨に届くほど。何度も生死の境をさまよいました。
苦行の果てに気づいたこと
しかし、死ぬ寸前まで自分を追い込んでも、求めていた「悟り」や「心の平安」は訪れませんでした。
肉体をいじめても、心はむしろ乱れ、弱っていくだけ。
「苦行は、答えではなかった」
この痛切な挫折と気づきこそが、後に仏教の大きな特徴である「中道(ちゅうどう:極端を避けるバランスの取れた道)」を発見するきっかけとなったのです。
ここから、物語はスジャータとの出会い、そして菩提樹の下での最終決戦へと続いていきます。



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