お釈迦様は生まれてすぐ「天上天下唯我独尊」と本当に言ったのか?

お釈迦様
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「安楽寺だより第42号」の1面で「天上天下唯我独尊」について取り上げられていますが、本当に生まれたばかりの赤ちゃんが7歩も歩いて言葉を発したのか?

長阿含経(じょうあごんきょう)と呼ばれる仏教初期の漢訳の中にヒントが見られます。
阿含とはサンスクリット語でアーガマと呼ばれていますが、「伝承され積上げられた教え」という意味があります。
おそらく言葉だけで伝えられた、お釈迦様の教えを文字にした、初期のお経だと思われます。
このお経に登場する、お釈迦様が生まれる遥か前に悟りを開いた、7人の「過去七仏」の一人である毘婆尸仏(びばしぶつ)が、誕生の際に「天上天下唯我独尊」と言ったとされています。
私たちはお釈迦様が仏教を最初に開いた人物であると認識していますが、お釈迦様自身は、自分より前に7人の開祖が存在すると思っていたようです。
この7人の「過去七仏」を古いものから順に詳しく見て見ましょう。

  1. 毘婆尸仏(びばしぶつ)クシャトリア出身で、教えが8万4千年続く
  2. 尸棄仏(しきぶつ)クシャトリア出身で、教えが7万年続く
  3. 毘舎浮仏(びしゃふぶつ)クシャトリア出身で、教えが6万年続く
  4. 倶留孫仏(くるそんぶつ)バラモン出身で、教えが4万年続く
  5. 倶那含牟尼仏(くなごんむにぶつ)バラモン出身で、教えが4万年続く
  6. 迦葉仏(かしょうぶつ)バラモン出身で、教えが2万年続く
  7. 釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)クシャトリア出身で、教えが現在まで続く

クシャトリアを武士、バラモンを僧侶に置き換えてみると

武士社会 ⇒ 僧侶社会 ⇒ 武士社会

へと変化していったことが分かります。
つまり、直近で見ると身分の高い僧侶が支配する時代に、身分の低い武士出身のお釈迦さまが登場した点が、貴族が支配する平安時代から、都市国家を形成し、武士が支配する鎌倉時代に重なります。
しかし、古代インドでは、悟りを開いた仏が、もともと武士であるクシャトリア出身者に戻ったということになります。

「天上天下唯我独尊」とは身分ではなく、先人たちの「智慧の集積を継承する者」という意味が込められているのではないでしょうか。

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