親鸞の妻ってどんな人?

仏教

鬼滅の刃の大正時代、親鸞が本当に実在したのか疑問視されていましたが、大正10年に本願寺の蔵から親鸞の妻 恵信尼(えしんに)の文章が発見されました。
恵信尼が登場するまでは、玉日と呼ばれる関白九条兼実の娘が妻であるとされていました。
平清盛のクーデター後、貴族が支配する時代が終わり、武士が最高位の太政大臣を務めることになりましたが、実務が分からず、敵方でしたが経験豊富な九条兼実が抜擢されます。
普通ならば、娘を天皇の后とするところを、無位無官の親鸞聖人と結婚させたのは謎ですが、双方とも書状を見る限り、格調高く教養の深い女性であったことは間違いありません。
親鸞との間に4男3女の子をもうけますが、親鸞亡きあと、末娘の覚信尼(かくしんに)と共に、弟子達のまとめ役となり、教団を発展させ、現在の八事霊園安楽寺永代供養墓に繋がっています。
恵信尼の手紙が見つからなければ、宗祖の問題も謎のままでした。
当時は宗教上の女性の地位が確立していませんでしたが、当時が男女共同参画の時代であれば、浄土真宗の宗祖は恵信尼であると確信しています。

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