お釈迦様は一人なのに、なぜ宗祖がたくさんいて、全く異なる教えがイロイロあるのでしょう?

安楽寺は浄土真宗大谷派ですが、浄土真宗高田派や本願寺派など10の派に分かれます。
名古屋市の大谷派ではエリアによってグループ分けされているのですが、瑞穂区と南区の大谷派は全部で23の寺があります。
親鸞聖人750回忌の法要のポスターやチラシのデザインをさせていただいた際、すべての住職と名刺交換させていただきましたが、お考え方もそれぞれで同じ宗派、同じ派、同じエリアでも、お釈迦様の教え通りか唯我独尊でした。
それは、今に始まったことではなく、浄土系、禅系、日蓮系など鎌倉新仏教の宗祖らも同じで、自分がお釈迦様の生まれ変わりで、自分の教えこそ本当のお釈迦様の教えだと言い始めた方もおられました。
間違っているなら正すことは重要ですが、元の形が分からなければ原型に戻すことは不可能です。

前回のブログで過去に登場した仏陀である「過去七仏」について触れましたが、定期的に新たな仏陀が誕生し、時代に即した教えを展開するので、この流れの影響を鎌倉仏教の教祖たちも受けたのかも知れません。
お釈迦様が亡くなる直前に説いたとされる涅槃経(ねはんぎょう)と呼ばれる原始仏教経典があります。
涅槃経を宗旨とする涅槃宗は、中国で興りましたが、日本へ直接伝来することなく、台湾へ渡ります。
私はパソコン修理の関係で台湾の友人が多く、その一人から涅槃経について詳しく教えていただきました。
お釈迦様は亡くなる際に、弟子たちに「状況が変われば新しい教えを取り入れても良い」と言ったようです。
しかし、長阿含経が意味する「積上げ」が重要で「状況が変われば古い教えを捨てても良い」とは言ってはいないようです。
日本の仏教が多岐にわたってしまったのはこの「積上げ」が欠けてしまったかもしれません。
「過去七仏」は万年単位でローテーションしているようですが、お釈迦様の仏教は3000年足らず、少なくともあと7000年以上継承するには、伝言ゲームのようにならぬよう、基本もしっかり押さえておく必要がありそうです。

親の恩も大切ですが、ご先祖様の恩に報いるためにも、「お墓選びはお寺選び」「お寺選びは住職の人柄選び」が大切かと思います。
このページは安楽寺の永代供養墓をご紹介するために書き始めたものですが、ツライ時や苦しい時、嬉しいことや悲しい時、何かあってもスグ訪ねていけるお墓を近くで見つけることが、ご先祖様の遺志を積上げ続けていく上で重要ではないでしょうか。


紀元前1世紀ごろ、インドのアジャンター石窟群(せっくつぐん)に描かれた過去7仏。床の間に飾られたご先祖様の遺影に見えませんか?